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ジーコーポレーショントップアーティストインフォメーション > 松井誠(まついまこと)

1960年、松井千恵子一座の子供として楽屋で生まれる。初舞台は0歳で捨て子の役で出演。しかし、子供の頃はポーッとした子で幕引きばかり。40数回の転校もあり、給食を食べたこともなく、友達と遊んだこともない生活に段々と嫌気がさしていた。転機がやってきた。
中学卒業の日に、当然の如く役者になると思っていた親の期待を裏切り、夜汽車にて家出。列車の中で一晩中泣き明かしていた。新宿歌舞伎町で、年をごまかして水商売に2年ほどついた。この時の人生の裏表の経験が、後に生きてくる。しかし、カエルの子はカエル。18歳の時、劇団員が少なくなって困っていた両親への親孝行のつもりで、再び九州へ帰り、舞台に立つ。”肥後の杉良” ”生きる博多人形”と呼ばれ、人気を博した。そして、第二の転機がやってきた。新宿歌舞伎町時代に観た帝劇の「屋根の上のヴァイオリン弾き」の感動がどうしても忘れられない。若座長としての安定した生活、オヒネリの生活を捨て、大舞台の役者になりたい一心で、再び25歳で上京。2,000万円の借金をして劇団員4人で『劇団誠』をゼロから旗揚げした。しかし、その後の苦労は計り知れず。お金を持ち逃げされ、子供のミルク代に悩んだり、借金の肩代わりをしたものの、その人間に逃げられたり、ハワイ公演の成功の後での凱旋帰国東京初公演の時には、5人の観客の前で3時間演じたり、etc・・・・。そうした苦労の中から、「吉本よりも面白く、歌舞伎よりも美しく、新派よりもせつなくありたい」という独特の大衆娯楽劇のステージを創り上げた。1998年帝劇にて大劇場初舞台。この公演でその芸量を認められ、山田五十鈴丈の芸能上の養子として迎えられた。そして、2000年中日劇場にて、「旅役者」出身の役者一個人としては初めて、大劇場の座長をつとめた。長谷川一夫の再来と呼ばれ、歌舞伎界や日本舞踊界からも注目される役者として、今なお成長し続けている。

松井誠

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