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ジーコーポレーショントップアーティストインフォメーション > 小椋佳(おぐらけい)

東京大学法学部卒業後、日本勧業銀行(現第一勧業銀行)に入行。大学時代に知り合った、詩人故寺山修司らとの交遊から、劇団天井桟敷の自主アルバム「初恋地獄篇」に歌で参加する。これがきっかけとなり、銀行員として勤務する傍らアルバム制作を始めることとなる。それまでの「シングル・ヒット」指向のレコード業界で、小椋の「トータル・アルバム」創りの姿勢と時代を歌う小椋の詩は、当時の若者達に受け入れられていった。人前に出ない「レコード・アーティスト」としての活動だったが、1975年布施明に提供した「シクラメンのかほり」で一躍脚光を浴びることとなる。以来、自ら歌う作品だけではなく中村雅俊の「俺たちの旅」、梅沢富美男の「夢芝居」、研ナオコの「泣かせて」、堀内孝雄の「愛しき日々」、美空ひばりの「愛燦燦」などの作品で広く一般に知られるようになる。銀行員としては、第一勧業銀行の本支店での要職を務め浜松支店長、本店財務サービス部長を経て、1993年9月同行を退職。翌年1994年4月には、母校東京大学法学部に学士入学し、本来の学生時代に果たせなかった問題の解決にもう一度取り組むべく学生生活を送ることとなる。銀行を辞しての生活姿勢を本人は「テオリア(観想)」と言う。「テオリア」とは古いギリシャ語で「Theater(劇場=観る)」や、「Theory(理論)」の語源となった言葉で、日本語では「観想(よく観て、よく想う)」と訳されている。時代を観、自分を見つめ、想いを広げて、人間の根本のところから考え直してみたいと言う。この年7月、音楽仲間からのすすめもあって7年ぶりのオリジナルアルバム「テオリア〜観想〜」を発表。また、このアルバムのお披露目の意味も含めて、初の全国コンサートツアーを実施した。
1995年3月、学士入学した法学部を一旦卒業。初めてのアルバム制作から25周年目を迎えるこの年、前年に引き続き全国コンサート「テオリアU〜A Quarter Cenntury夢のつづき〜」を実施。
1996年4月、一年間の受験勉強の甲斐あって、東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程に学士入学を果たす。全国コンサートツアー「ことなり」を実施。舞台制作としては子供中心のミュージカル「アルゴ」が10周年を迎える。
1997年1月、新たな試みとして歌の原点である「語り」と、歌の味わいを深める「こぶし」を表現の中心に据えた歌語りの舞台「一休」が東京・大阪で公演され好評を得る。6月、公募の創作童話を原案にしたエルダ・フェアリー・パフォーマンスも新たにスタート。7月、オリジナル・アルバム「デリュージョン」を発表し、小椋本人のツアーコンサート及び、11年目のアルゴ・ミュージカルも実施され好評を博す。
1998年4月東京大学院哲学科に入学。7月「エルダ・フェアリーパフォーマンス 1998年森のメリークリスマス」、8月「アルゴ Vol.12フラワー」を全国主都市にて公演。そして小椋自身、初舞台となる歌語り2「一休恋慕」は全国18都市(26公演)にて実施。
1999年、3年目となる歌語りは本年も全国22都市(38公演)にて公演され、新たな歌唱舞台として好評を博す。13年目の「アルゴ」そして3年目の「エルダ」と3本の舞台制作、さらに小椋自身の音楽活動である「歌談の会」を全国各地にて実施。
2000年、小椋のファースト・アルバム「青春・砂漠と少年」を発表してから30周年を記念し、Newアルバム「小椋佳スーパーベスト・デビュー」10月リリース。11月より「小椋佳 30周年記念コンサート・デビュー」を全国48都市(60公演)にて実施。14年目の「アルゴ」と4年目の「エルダ」は本年より合体し、小椋佳企画の新たなる歌唱舞台としてパワーアップしエルダ・アルゴ2000「あんず・心の扉をあけて」は全国16都市(30公演)にて実施。
2001年、エルダ・アルゴ2001「スタート」は全国14都市(28公演)にて実施。日本の新しい歌唱舞台への挑みとなる「歌語り」は本年より「歌綴り」と変名し、紀伊国屋文左衛門物語「ぶんざ」は4大都市(20公演)にて実施し好評を得る。また、カレーをキーワードに自らの人生を振り返った初のエッセイ集「私とカレーの幸福な関係(角川書店)」を11月に発刊。
現在、音楽活動、舞台制作・脚本創りと多忙な日々を過ごす。

小椋佳
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